December 25, 2006
個人的なニュース
- kitworks
- 10:34 PM
- コメント (397)
- カテゴリー:駄文
今日は個人的な読書人(と自称することを許していただきたい、僭越であるけれども)として、比較的大きな出来事な事があったので、急に書き込みをすることにした。一種のニュースのようなものだと思っていただきたい。それで文面も多少気持ちをあらためている。
一つは、村上訳の「グレート・ギャツビー(偉大なるギャツビー)」が出版されていたということだ。『不朽の名作は存在しても、不朽の名訳は存在しない』というのは、村上春樹にとっての信念で、「キャッチャー・イン・ザ・ライ(ライ麦畑でつかまえて)」の時にも時代による洗い出しのような使命感が一部にはあったようである。特にアメリカ小説は世界的には歴史が浅いものの、日本人のアメリカに対する通俗的観念は時代々々による劇的な変化があったといえるのだから、当然といえば当然のことだ。
しかしこの本の出版が重要なのは、村上春樹が「グレート・ギャツビー」の翻訳を自らのライフワークにとってとりわけ(あるいは極めて)重要なポジションに据えていたフシがあったからだ。緻密で流麗な完成された文体を若くして表現することができたフィッツジェラルドは村上にとってまさしく"天才"である。その作家の骨頂にあるとも言える「ギャツビー」の満足できる翻訳を完成させるということは、翻訳家としての完成を意味するのではないか、つまり翻訳家としての本の出版はこの作品が最後になるのではないかと、(勝手に)想像していたのだ。どうしても、作家"村上春樹"の終わりが近づいている様な気がして寂しくなってしまうのだ。
今年は、村上がフランツ・カフカ賞を受賞したことで、現実的なノーベル賞への感心も高まっているようだが、そんなのは冗談じゃない。日本人ノーベル賞作家などという肩書きは大江健三郎が生きている間は彼一人で十二分だ。これ以上大層な賞などで作家を騒がせたりせずに、自分のペースで執筆できるようにしておいてもらいたい。これはファンの一人としての心からの所願である。
もう一つは、今日の朝日新聞夕刊の追悼記事で、作家の小島信夫が亡くなられたことを知ったということだ。享年91歳で、肺炎のためということである。ぼくの読書コースからすれば、とりわけ重要な位置にあるというわけではないのだが、それを置いても小島さんが亡くなられたというのはきわめて残念と言うほか無い。
所謂「第三の新人」として、現代作家の中でも良く名を知られていたが、後年は評論家としても活躍されたし、翻訳家としてもサローヤンやホーソン等を手がけられていた。なかなかに掴み所のない人だった様で、その文体や内容もはっきり言って今のぼくには掴みようがない。どこまでもリアルにも感じるし、読み終わってみれば全てが空想的に感じることもある。
いつか小島さんの作品をしっかりと読んで、まともなレビューが書けるようになったらチャレンジしてみたいと思う。ともあれ、今はご冥福を祈ります。
しかし、この二つの出来事は、本来もっと早い段階で知っておくべきだった事柄だ。「ギャツビー」の出版は11月10日だし、小島さんが亡くなられたのは10月26日である。いくら古本屋にばかり足を運び、テレビを見ないでニュースにも関心を持たないからと言って、流石に考えものだ。
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