September 03, 2004
スタイルズ荘の怪事件 / アガサ・クリスティ
この本を読み終えた時の率直な印象は、想像していた以上に文章が風化していないということだった。ドイルの時代と単純に比較できるものではないにしても、クリスティもミステリィというジャンルでは十分に古典と見なされているはず(近代ミステリィの祖といわれているらしいが、近代ミスティってなんだ?)。作者の経歴を見ると、この作品が書かれたのが1920年の84年前。十分に古い。主人公であるポアロをはじめ、登場人物が貴族や上流の人間ばかりであることが風化を感じさせない原因の一つだろう。世俗風俗を扱った文章は10年と耐えられないが、ある意味保守的な文化層はそれなりに不変性を持とうとするから。まあ古今東西ミステリはお金持ちを中心とした舞台で描かれるからそれだけとは言えないけど。それだけではなく登場人物の基本的コンセンサスのようなものが今読んでもそれ程違和感を覚えることは無い。あるいはぼくの感性が古いのかな?
筋のほうはというと、まさにミステリィの王道。言動の疑わしい人物があふれ、証拠品がざくざく出てきて、アリバイがあるだの無いだの。予定外のことや直接事件とは関係の無いようなことが絡んできているのが、例によって最後には綺麗にほどかれるわけだけど、個人的には内容量が許容を少し超えてしまったかな… 記憶力が良くないので、すぐに名前を忘れちゃうし、起こったことの時間的な関係がスルスルと頭に入らない。そのため、最後のポアロの謎解きのすごさを100%理解することができない。物語はホームズ同様、ワトスンにあたるところのヘイスティングスが語り手として書かれているのだが、ヘイスティングスの思考が少し短絡的すぎる嫌いはある(彼は3作目からは登場しなくなっちゃう)。とはいえトリックそのものや、人間模様の絡み合いや入れ違いといったものは非常に完成度が高く、最後まで読者を揺さぶるようなドライブ感もすばらしい。
昔、本の雑誌の座談会記事で、沢野ひとしと椎名誠が、「ミステリィには登場人物が多すぎるからもっと少なくすべきだ」とか言ってた気がするが、作品の質への影響を無視できるなら個人的には賛成だ。「本を読む時間は記憶力の差だ」と著書に書いている目黒孝二の意見もそのとおりだと思う。人が多くて筋書きが込み入っている話というのは記憶力の乏しい人には少ししんどい。召使があらたに登場して、登場人物一覧で名前を確認してみても載ってないから、「こいつはあんまり関係ないな…」とか思ってしまう。そういう人間はミステリィなんか読むなよ、と言われてしまいそうだけど。
といいつつこの後もポアロシリーズは続いていきます…
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