May 08, 2005
インドは今日も雨だった / 蔵前仁一
蔵前仁一のバックパッカーものは高校生の頃にずいぶん読んだのだが、久しぶりに新しい文庫本を古本で見つけた。蔵前仁一と言えば、彼自身の描くイラストのイメージもあって、かなり若い(30代前半くらい?)と勝手に思いこんでいたのだが、1956年生まれの49歳ということに、とても驚いた。そりゃ自分も年をとるはずだ。
彼の執筆した本はほとんどが紀行モノ(厳密には紀行系エッセイ?)で、その多くはインドや、アジアの中でもかなり物価の安い国々を中心としたものである。そこで起こる大小様々のイベントが、彼のイラストを添えながら綴られる。その旅のスタイルは、まさにバックパッカーというに相応しいもので、一泊1000円を超す宿に泊まるということはほとんど無い。旅行には目的地の設定も無く、一度沈没(同じ街にはまって滞在し続けること)してしまうと数週間から一ヶ月近くも、同じ街から動かないということもしばしばという感じである。話はそれるのだが、この『バックパッカー』という言葉を聞くと、ぼくはどうしても70年代のヒッピーに代表されるようなスタイルを連想してしまう。実際に、清潔とは言えない格好で、世界中を旅行しているようなバックパッカーの中には、現在でもそういう思想を帯びた人はいるだろう。しかし、蔵前はそういうヒッピー的――反体制あるいは反物質社会的――なテーゼを持っているわけではなく、もちろんそれを振りかざして、読者をアジったりするようなこともない(所謂バックパッカーものにはこうした思想的背景がどうしても垣間見えてしまうものがある)。
元来、蔵前の職業はイラストレーター・グラフィックデザイナーなので、旅行や文筆はあくまでサイドビジネスと言えるかもしれない。もちろん、自分の本の中のイラスト等は蔵前が書いたものだ。現在は『旅行人』というバックパッカー用のマイナーな情報誌の発行人という立場でもある。先にも書いたように、彼のスタイルは、仕事と割り切って旅行をしているように写る。もちろん、もっと初期の作品の頃には、旅行の動機はもっとシンプルで、ただ旅行をしたいというだけのものだったかもしれない(ちょっとうろ覚え)。『インドは今日も雨だった』での旅も、期間と目的が割とはっきりとしたものが多い。その目的のためには、あまり金銭的には惜しまないという姿も見られる。もはや昔ほど自由でないし、もちろん若く無くなったせいもあるだろう。昔からの読者としては、そういう姿は少し寂しく感じてしまう。しかしそれでも、蔵前仁一の本は面白い。旅が好きだろうが、旅に興味が無かろうが、どんな人でも平等に楽しむことができるのではないだろうか。
どうもこの作者には、何か特別だと言える様なところがほとんど見られない(あくまで彼の文章を通してだが)。普通の感性で、皆と同じように驚き、皆と同じように笑い、皆と同じように怒っている。一言で表せば、少し気のいい近所の兄ちゃん、というところだろうか。唯一特別なのは、彼がアジアのバックパッカーであると言う点だけだ。年に何ヶ月も、荷物を背負ってアジアを旅行するというのは、やはり特別な行為だ。だからこそ読者は、彼の文章とイラストを通して、彼と同じ驚き、笑い、怒りを共有することができる。自分の体験のように、手を伸ばすことができるのだ。そこに押しつけは一切無いし、目線は常に同じ高さにある。だから蔵前仁一の本は、誰が読んでも楽しめるのではないかと想像するのだ。
この本では、チベット方面を見てまわる目的で、北インドを中心に少し変わった街や村を訪れる話がメインとなっている。旅人が村人に触れてはならない村や、敷地の半分以上が一つの古い寺院で占められている集落の話等は、ソフトウェアを中心に世界を牽引しているインドの姿からは程遠くて面白い。人であれ村であれ、実在するものは、普通の人間の想像を遙かに超えるのだと思ってしまう。
それにしても、この本のタイトルを初めに見たときから、何かが引っかかっていたのだけれど、ようやくそれが、『インドでわしも考えた』(椎名誠著)のせいだということに気が付いた次第。
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