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May 04, 2006

猫だましい / 河合隼雄

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  • 02:12 AM
  • コメント (9)
  • カテゴリー:エンターテイメント

猫だましい 
新潮社 / 新潮文庫, 2002

 「人間は犬好きと猫好きに分かれる」というのは、事実かどうかとはともかくとして極めて常識的に扱われている認識なのかもしれない。両方好きあるいは両方嫌いという人ももちろんいるだろうけど、概ねぼくもその通りだと思う。犬か猫のどちらかによって性格判断ができるかとか、人間性がわかるとかまではいかないまでも。大体、犬が好きな人はあまりネコが好きというわけではなく、逆も同じように見える。ぼくの場合は、ネコは好きで犬にはあまり興味がないというところだろうか。これまでネコを飼ったことはないけど、ネコを扱ったり(コミュニケーションをとったり)、ネコについて書かれた文章を読んでいるのは不思議と違和感が無い。やっぱり深層心理の部分で何がが働いているのだろうか? このような疑問が、この本を手に取ったきっかけの一つだった。『ネコのことが分かると、ヒトの心も分かる、かもしれませんよ。』という、文庫本の裏表紙の文章でそう思ったこの「猫だましい」だけれども、河合隼雄がネコのことを扱っているのにも何かしっくりときたのだ。

 河合隼雄は、ご存じ日本におけるユング派心理学の第一人者であるが、心理学者や心理療法家としての顔よりも、多くの著書や共著の方がぼくには馴染みがあった。ぼくは、心理学や心理療法というものを、『信じるか信じないかの問題』という意味で宗教と同じ次元のもの(いかがわしいとか信じないという意味ではなく)だと考えているけど、話も文章も面白いという点においては、とても無視して通れる人ではなかったということだ。共著という形で、大江健三郎、谷川俊太郎、筒井康隆、村上春樹といった面々とも本が出ており、少なくとも単著で出されている本より一般的には読みやすい。

 その点、単著の中でこの本はきわめて読みやすい。結論から言うと、この本はネコを通した心理解析というような内容ではなく、言わば読み切りという形式で『新潮』に連載された、ネコについて書かれた本の紹介文だと言える。ホフマンの『牡猫ムルの人生観…』やル=グウィンの『空飛び猫』、谷崎潤一郎の『猫と庄造と二人のおんな』、日本の昔話から、はては少女漫画である大島弓子の『綿の国星』まで。古今東西というに相応しいセレクトで、ぼく自身その中の1/3程度しか知らないものだった。中でも、先に記した『牡猫ムル…』やポール・ギャリコの『トマシーナ』は、ヨーロッパ的成長劇の中に多少の説教臭さは感じるものの(ギャリコはアメリカ生まれだが、両親はヨーロッパからの移民)、人とネコの物語としてとても非常に魅力的で読書欲を駆られる。

 これらの物語の多くは、ネコを媒介として人が癒されたり、時には理不尽な裁きを受けたりするものだ。ネコは主人公だったり傍観者だったりするが、物語の重要なポイントには必ず波紋 -陰や陽、有益や無益、微力や強力だったりする- を投げかける存在となる。この時のネコという存在はもちろん、ヒトの心あるいはヒトそのもののメタファーとして描かれている。にも関わらず、ネコという形を媒介することによってより強いメッセージと遡及力を持った物語となっている。この辺りが不思議な所で、言い換えれば『ネコのことが分かるとヒトの心がわかる…』という核心なのかもしれない。

 しかし、そのように文章中では引っ張っている(様に感じる)のに対して、こうしたネコの役割に対する作者の言及もしくは解析は、極めてシンプルなものに留まっている。悪く言えば、至極当たり前のことしか書かれていない。不満ではあるが、それは自分で考えてみなさいというところだろうか。

 この本で最初に提示されているテーマは、人の体と心を不連続に繋ぐ“たましい”の概念であり、同時に、ネコがたましいの働きを示す可能性として示されていることだ。これらはあくまでも疑問の投げかけに過ぎないのかもしれない。しかし、疑問を疑問として感じることや、さらには不思議なものを不思議なものとして受け入れることこそが、河合隼雄風のメッセージではないだろうか。それは言い換えれば、全てを細分化してそれを理解するということが、必ずしも正解ではないということだ。そこでは、ネコとヒト、生と死、意味や無意味は区別されていない。随分話が宗教めいた方向を向いてしまっただろうか。けれども、ぼくだってそれほど簡単に何もかも受け入れるほどの許容はない(例えば、空飛び猫の実在を信じることはできない)。なのでこの本はやはりネコについて書かれた文章の紹介文として受け止めるのが、ぼくにとっては適当なところだろう。

 この本から何を読み取るかは、おそらく人それぞれ千差万別である。もちろんぼくのレビューも限りなく的外れなものになりかねない。それでも例えば、「これは猫の絵本というよりは、すべての絵本のなかでも傑作と言うべき作品である。」とする『100万回生きたねこ』への讃辞だけでも、読んだ価値があったと思える。ネコ好きにとってはそんなものであり、ネコ好きはそもそも理を詰めることなんてどうでもいいと考えるフシがあるのかもしれない。これが、今回の不甲斐ないレビューの結論。

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