August 25, 2006
見仏記4 親孝行篇 / いとうせいこう・みうらじゅん
タイトルに“見仏記4”とあるように、この作品はシリーズ4作目にあたる。1作目が文庫化された時から欠かさずに読んでいるので、シリーズ中で愛着があるのも読み応えがあるのもおそらく1作目あたりの若い作品であることは予めことわっておいた方が良いと思う。こういう書き始めはフェアじゃないのだけれども、久々の新作だということもあって、今回はこの4作目についてのレビュー。
いとうせいこうとみうらじゅんというこの組み合わせは一見いかにもアングラでサブカルな感じがする。確かにこの本の内容から言っても、ヴィレッジヴァンガードでミシマやら澁澤龍彦と並べられているという扱いからしていかにもという感じだが、みうらじゅんの作品の中では彼の真面目さが全面に出ており、いとうせいこうの文章の中では誰にでも勧められるという珍しい本でもある。
文章につけられるタイトルというものは、本来最も端的な概要であるべきだとぼくは考えるのだが、もちろんそれは大枠で小説や旅行記にも当てはまる。タイトルを見て全容が分かるというわけにはいかないが、読み終わった後にスッと腑に落ちるタイトルの本は、本棚にあっても背中を見ていて収まりがいいし落ち着くものだ。別にそういう本を集めているというわけではないのだけれど。言うまでもなく短編小説や詩のような形式においては、本文とタイトルとの関係は微妙に変わってくるだろうし、タイトルが単なる要約以上の意味を持つものもある。しかし、まずは素直なタイトルの本には好感が持てるものだ。まあこれは、奇を衒ったり、インパクトだけを重視するかのようなタイトルの付いた本に対する苦言のようなものだけれど、要するに見仏記というタイトルは何よりもこのシリーズの内容を明瞭に表現しているものだということだ。
話の主眼は仏像を見ることである。しかも、宗教的参拝や仏閣そのものはその対象には一切含まれておらず、ただ仏像だけを見る。さらには、芸術的見地からすらズレている場合が多い。では仏像をどのように見ているのか。彼らにとって仏像はヒーローであり憧れの存在なのである。子供が特撮ヒーローものの番組を見るように、好きなバンドのライブを見るように、彼らは仏像を求めて彼方此方を廻り“見仏”する。好きだからこそ多少の解釈や考察は加わるものの、その考察の方向性すら至ってまともではない。仏を神として心から崇める人や、仏像を日本の偉大な歴史的芸術作品として重んずる人の中には、この本に少なからず不快感をおぼえる人もいるかもしれない。しかしだからこそ、仏像に何の興味も持たない“世間的に一般の“人が読んでも面白いのだと言える。
いとうせいこうとみうらじゅんは、仏像を見てまわる“見仏”をともにする“仏友”ということになっている。二人にとってお互いがかけがえの無い存在であるということは、本を読めば良く分かることだが、同時に、読めば読むほどこの二人が友人関係にあるということが不思議なことに思えてくる。イラストを描いたりや文章を書くという創造的活動を生業としている以上、二人とも広義では芸術家といえる。しかし二人のタイプは対極だ。一方は、体の中にある何かを頭で具現化して指し示すタイプ。他方は、頭の中にある何かを体で表現して感じさせるタイプ。すべてが二極化できるわけではないし乱暴な分類だけれども、いとうせいこうは前者で、みうらじゅんは後者である。この“仏友”達の強みは、互いのタイプが全く異なるにもかかわらず、二人ともが同じ方向を向き、同じものを異なる方法で指し示し、具現化しようとしていることだ。ポエティックなリアリティーとリアリスティックなポエム。普通この二極は相見えないだろうし、きれいにアジャストされることも無い。実際この本でも二人が上手くアジャストしている風には感じない。しかし、そもそも趣きやら一般的感覚を趣旨としていない以上、二人のズレこそが何よりもこの本の魅力となっている。一人一人でも少しズレた二人が、互いにズレたままズレた趣旨で作ったのがこのシリーズなのだと考えれば、それはそれで一つの道理として通用するものだし、それだけで十分に魅力がある。
親孝行編というサブタイトルの通り、この四作目は、これまでの“仏友”二人の友情に加えて、そこに互いの両親を交えた“見仏”による親子の愛情をテーマに加えている。「『見仏記』はすでに友情という恥ずかしいものを復活させるのに役立った。次に恥ずかしいものを復活させるとすれば親孝行以外にない」ということである。読んでいる方も恥ずかしくなること請け合いだけれど、これでさらにズレが大きくなったことは間違いがない。しかし、このズレの方向に対する視点は的確でまともだ。このズレ方のまともさこそが、見仏記をシリーズとして続けてくることになった原動力なのではないだろうか。少なくとも、何がズレているのか分からなかったり、ズレていることにすら気づかないでまともなフリをしている小説よりはずっとましだ。
このズレた世界観や仏像に対する傾倒ぶりを知るためにも、シリーズ1作目から読むことを勧めるけれども、恥ずかしい親孝行を読んで経験するのも悪くないかもしれない…
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