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May 31, 2005

ボーン・コレクター / ジェフリー・ディヴァー

  • kitworks
  • 11:08 PM
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  • カテゴリー:ミステリ

ボーン・コレクター 
文藝春秋 / 文春文庫, 2003

 先日(といってももう一週間以上前の話)TVで映画版「ボーンコレクター」を放送していたので、わざわざビデオにとって見たのだが、残念ながら完全に二流映画だった。アメリア・サックスを演じるアンジェリーナ・ジョリーはともかく、デンゼル・ワシントンが主人公リンカーン・ライムを演じていなければ、完全に三流映画に終わっていたような気がする。本当は映画を見て、多少原作と比較をしながらレビューを書いてみようかと考えていたのだけれど、これ以上映画のことは言いません。

 さて、ジェフリー・ディーヴァー著の「ボーンコレクター」だが、本作を読んで以来、ぼくは彼の愛読者である。リアルタイムに海外のミステリものを読むことはほとんど無いのだけれど、このライムを主人公とする<リンカーン・ライム>シリーズは、知っている限り、現在までに5冊の単行本が刊行されており、手に入るものは(=古本屋で見かければ)すべて読んでいる。

 最近のアメリカのミステリ、SF、ミリタリ系小説の傾向として、綿密に仕立て上げられた専門性の強いバックグラウンドが前提になっているものが多くなったのを感じる。こうした傾向が強く敷衍したは、やはりマイケル・クライトン以降かもしれない。物語の骨組みにリアリティや説得力が増すことは、もちろん物語にとってプラスの材料となることが多いのだが、一方で本のボリュームが増し、内容が難解(ある程度サイエンティフィックな知識がないと益々細部がわからなくなる)になりがちである。もちろんそういう本を好んで読む人もいるだろうが、少なくとも赤川次郎のファンとはあまり一致しそうにはない。

 ジェフリー・ディヴァーはそうした例に漏れず、かなり込み入った、専門知識色の強い、そしてそれが故にわりとボリュームのある作品を書く(本作は文庫版上下で、736ページある)。ミステリであることを考えると、少し冗長ではないかと思うかもしれない。少なくとも、ぼくはミステリで500ページを超える作品は長すぎると感じる。しかし、多くのミステリファンがミステリを読む時の例に漏れず、ぼくもこのシリーズは最後の数十頁を、名残惜しさを持って読んでいる。

 「ボーンコレクター」は、事故によって薬指を除く首から下が完全に麻痺した、元科学捜査の刑事ライムが、彼の手足となって動く女巡査のサックスと共に、殺人鬼ボーンコレクターを追うというもの。ボーンコレクターは、必ず次の犯行現場とその殺害の手口を暗示する手がかりを残してゆく。ここはなんとも小説的に都合が良い点だが、かといって読者はライムと一緒に謎解きをすることはできない。なぜなら、ライムが謎を解くために最も誇るのは、その知能というよりは、圧倒的な知識だからだ。本作では、物質の化学構造を知るためのGC-MS(ガスクロマトグラフおよび質量分析器)はライムたちにとって強力な武器として登場するが、窒素含有量の多い木片と仔牛の脛の骨というヒントから、20世紀初頭にマンハッタンに存在した家畜収容所の3箇所を推測することは、読者には許されない解答だ。例えば、粉々に砕かれた貝の粒子から、犯行場所がイーストサイドの地下2~5メートルであるだとか、屈折率が0.053の繊維の断面と塩素ベースの結晶から犯人がレンタカーを使っていることを突き止める等々。ここでの知識はただの知識ではなく、植物学、地質学、歴史学、弾道学、医学、化学、文学、工学といったあらゆる知識に通じていて、初めて役に立つ類のものである。読者はただ指をくわえてライムの謎解きを見ているしかない。

 ここまで紹介しておいてからではあるが、おそらく読者がその謎解きに参加できない時点で、この本はミステリではなくサスペンスだと思われるかもしれないが、ぼくは全てミステリとして扱う。どちらにせよ、ぼくは指をくわえて見ているだけなわけで、それならば誰にも解けない謎の方が面白いからだ。

 前述のように、圧倒的なまでの綿密なバックグラウンドともう一つ、ぼくがジェフリー・ディヴァーの魅力に感じているポイントがある。それは、非常にゆっくりとではあるが、常にダイナミックに変化する、登場人物の心情や人間関係である。例えば、ライムの性格は理詰め、剛胆、自己中心的といった印象で書かれているが、一方で自分の不自由な身体への落胆、焦燥感、そしてそこから生まれる人間的な弱みが見え隠れする。それらの入り交じった感情は、長い物語の中でとてもデリケートに変化していく。特に、サックスとの関係においては、辛辣なまでのやりとりから、確固たる信頼を築いていくまで、その変化の描写は秀逸だ。文字通りジェットコースター的な事件の連続が、物語を押し動かすために刻まれるビートだとすれば、心情や人間関係の変化は、より大きなうねりとして、物語を静かに揺さぶっている。こうした物語のうねりは、得てして受け取る側にとってはそぐわない可能性もあるのだが、はまった時は実に心地よい。ライムシリーズでは、このうねりの大きさと心地よさは「ボーンコレクター」がシリーズ随一なので、多少ボリュームがあっても楽しく読めることは間違いないと思う。

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