November 13, 2006
クローディアの秘密 / E.L.カニグスバーグ 松永ふみ子訳
- kitworks
- 11:39 AM
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- カテゴリー:フィクション
子供の頃に読んだ本をどれだけ憶えているかと聞かれても、情けないことに本のタイトルを思い出すことも困難だったりする。一年前に読んだ本の記憶すら朧にしか無いのだからそれも仕方ないと諦めてはいる。「西遊記」「アラビアンナイト」から「吾輩は猫である」といった、今の読書におけるバイアスを考えれば至極まっとうな本も児童用の文庫で読んだはずなのだが… そんな昔読んだ本の中でも取り分け記憶に鮮明な本が「クローディアの秘密」だ。
多少話はずれるが、NHKみんなのうたで昔放送されていた「メトロポリタンミュージアム」をご存じだろうか(あるいは現在も放送されているかもしれない)。作詞作曲は大貫妙子。昔も今も変わらず大好な曲です。
♪バイオリンのケース、トランペットのケース、トランクがわりにして出発だ
♪タイムトラベルは楽し、メトロポリタンミュージアム ~
歌だけでなくアニメーションも魅力的だった。一貫して仄暗い雰囲気だが、姉弟が夜中の美術館を冒険しながら、突然ミイラと踊り出したりする様は夢想的で一種エキゾチックであり、子供心にも刺激的でウズウズとさせられたのを憶えている(※)。そしてこの歌のオリジナルこそが「クローディアの秘密」である。実際にはこの本から大貫妙子はインスピレーションを受けたということらしいが、姉弟がバイオリンやトランペットのケースをトランク代わりにして、メトロポリタンミュージアムに忍び込むというのだからほとんどそのままといっても失言ではないと思う。
もちろんこの本のことをよく憶えているのは、「メトロポリタンミュージアム」のことがあったからだとは思うが、最近になって不思議と読み返したくなった。子供の頃には内容を消化しきれていなかったということもあるかもしれないけれど、やはり単純に何度も読み返したくなる作品だし、その価値があるからだろう。子供の頃にも何度かは読んだ。しかし、今回読み返してみた印象は、それまでとは随分と違うものだった。率直なところ、主人公であるクローディアとジェイミーの意思や感情が以前より率直で鮮明に映ったというところだろうか。前述のように、ぼくは昔の記憶をそれほど鮮明に留めているわけではない。それでも当時はこの二人のキャラクターをあまり身近なものには感じていなかった。二人の考え方や行動には程度の差こそあっても、決して子供らしいとは言えない部分があるからだ。どちらかと言えば二人を中心に展開される、メトロポリタンミュージアムでの奇譚を単純に楽しんでいたのだろう。それが、今回は二人のことを含めて随分とすっきり消化することができたと思う。15年以上も年を喰っているのだから当たり前だろうとは思わないでほしいけど…
それにしてもこの姉弟はなかなか奇妙な存在だ。二人は必ずしも仲の良い姉弟としては書かれていない。にもかかわらず、クローディアは家出のパートナーに何人もいる弟の中からジェイミーを選び、ジェイミーはクローディアの計画ならばと(特に家出をする必要があるわけでもないのに)、話に乗ってくる。人格どうこうという以前にお互いの個の能力を自分には無いものとして認め合っているからだ。この姉弟が奇妙なのは、それを率直に口にし、行動に表すことにある。成人した姉弟間でならともかくやはり不思議な関係にある。この話の中では、姉弟のコンビ芸は一つのキモになっている。二人は基本的にシリアスだし、状況は常に切迫している。だが、それ故に二人の掛け合いは漫才そのものだ。真剣になったクローディアにはジェイミーが、ジェイミーにはクローディアがつっこみ、会話の方向を是正したり、あるいは内容をちょん切ってしまうのはまさに漫才の妙である。
さて、もう一つのキモとも言えるのがタイトルにもなっているクローディアの秘密に関すること。クローディアはこの話の初めから秘密を持っていた訳ではない。そもそもがクローディアが秘密を持つに至るストーリーだからだ。クローディアの秘密を知ったときには、読者は秘密を持つことの意味そのものに驚かされる。秘密が秘密であることの意味に対して。この点から見れば、この話は終始クローディアの成長記と読むこともできる。何故クローディアは家出したのか、何故メトロポリタン美術館でミケランジェロの天使の像に固着したのか(このあたりの細かいストーリーは割愛)、そして秘密がクローディアをどのように変化させたのか。
児童文学という先入観からすれば、文章も平易でわかりやすく書かれていると考えがちだが、カニグスバーグの文体はその点では少し違う。良い意味で媚のようなものが無い。表現はシンプルで(そっけなく)、必要なことが必要なときに必要なだけ語られている。それだけにそこに描かれる景色はよりプリミティブであり、そこから漂う空気の匂いやザラつきは五感で直接感じることが出来るものだ。夜のメトロポリタンは「メトロポリタンミュージアム」のような夢や幻想などではなく、どこまでも夜のメトロポリタンとしての決して穏やかとは言えない魅力を感じさせてくれる。
この本は間違いなく、子供に向けて書かれた児童文学である。そうは言っても、この作品が児童文学に収まりきらない、誰にでも楽しめることが出来る作品であることも疑いはない。今回のレビューはまったくもって児童文学に対するものとは呼べないような内容になってしまったが、読む側とすればなにも物語の逆変換を試みたり、追懐の感に浸る必要は一切ない。そもそも児童文学などという括りで作品を縛りつけようとしたことが間違いなのだ。
※実際にはこの歌はあまり子供に人気があったとは言い難い様で、多くの子供には"怖い"という印象を与えたらしい。薄暗い雰囲気もさることながら、歌の最後に姉弟が飾られている絵の中に閉じこめられてしまうというオチがあったのも理由のようだ。考えようによっては確かにホラーじみているかもしれない。
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